イベントレポート 前編|村上華子 ギャラリーツアー「実験室:もう一つの眺めのために」

Photo by Haruka Oka

カルドネル島井佐枝|この度はお暑い中、お越しくださりありがとうございます。MOMENT Contemporary Art Centerのディレクションをしております、MUZ ART PRODUCEのカルドネル島井佐枝と申します。

今回は、以前から交流があり、共通の知人も多かったアーティストの村上華子さんに滞在制作をしていただき、その成果として本展を開催することとなりました。写真の発明から約200年という節目に、こうして皆さまにご覧いただけることを大変うれしく思います。

本日は東京から、国立新美術館 学芸課長の神谷幸江さんにお越しいただいています。まず村上さんによるギャラリーツアーで作品についてお話しいただいたあと、神谷さんから別の視点で村上さんの取り組みについてお話しいただきます。

 

「写真のはじまり」と実験室

Photo by Haruka Oka

村上華子|今回の滞在制作では、ここを約1カ月アトリエとして使いながら新作を制作し、旧作と織り交ぜて展示を構成しました。入口から順にご説明していきます。
展覧会の題名は「実験室:もう一つの眺めのために」です。今年が写真の発明から約200年ということもあり、写真がどのように生まれたのか、その「はじまり」を探究してきました。今回は、その探究を形にした作品をお見せしています。


私は普段フランスを拠点に活動していて、これまでシャロン=シュル=ソーヌ周辺など、ニセフォール・ニエプスゆかりの場所を訪ねてきました。今回は日本での展示なので、日本で最初に写真が撮られた場所を自分の足で見に行こうと思い、鹿児島を訪れました。
島津斉彬が日本で初めて写真を撮られたとされる鹿児島城の「花園」を探してみると、現在は駐車場になっていました。桜の木と車が交互に並ぶような、少し殺風景な場所です。そこから見える太陽を撮影し、入口のカーテン作品《無題(花園)》にしました。かつて写真の実験が行われた場所に、私たち自身も身を置くような感覚を込めています。

 

まばたきする暗箱

村上|一つ目が《無題(まばたきする暗箱)》です。よかったら中を覗いてみてください。外の景色が映っていて、動かすとピントを合わせることができます。向かいの建物やゲームセンターなどが見えてきます。

写真が発明されたころは、まだ「写真」という呼び名はありませんでした。ニエプスが考えていた名称の候補には、「網膜」という言葉もあったそうです。写真が網膜だとするなら、カメラは眼球なのではないか。眼球ならまばたきをするだろうと考えて、中に赤い光を仕込み、まばたきのような速さで明滅するようにしています。昼間は少し見えづらいですが、夜になるとカーテン越しにその光が見えます。

Photo by Haruka Oka

来場者|この箱はどこから来たものですか。

村上|京都から持ってきた、200年ほど前の古い箱です。もともとは賽銭箱として使われていたそうです。外側はそのままに、奈良の大工さんに穴を開けてもらい、すりガラスなど新しい部材を組み込んで、カメラとして使えるように改造しています。

展覧会タイトルにある「もう一つの眺め」は、現存最古の写真《ル・グラの眺め》より前にも、今は残っていない写真があったはずだ、というところから来ています。それがどのようなものだったのかを探るなかで、石版石の上に撮影されたものもあったらしいことが分かりました。つまり、かなり重い石を暗箱に入れて撮影していたことになります。

ただ、そうしたカメラは見たことがないので、大工さんに石を入れるためのホルダーも作ってもらいました。まずすりガラスでピントを合わせ、その同じ位置に石を入れて撮影する、という実験をしています。

 

版画の複製と露光

村上|写真というと、まずカメラを思い浮かべると思いますが、最初期には版画を複製することも発明の目的の一つでした。当時は、版画にニスを塗って半透明にし、感光板に密着させて太陽光にさらすことで、像を写し取ろうとしていました。

ここにある《露光(透明化された版画と感光板)》も、その状態のまま展示しています。会期中も、作品は会場の光に露光され続けています。

村上華子《露光(透明化された版画と感光板)》2022

《太陽の影》はダゲレオタイプによる作品です。長時間露光した銀板に、風景ではなく太陽の軌跡が残っています。写真の発明が公表された後の技法ですが、時間の経過そのものを、太陽の動きとして銀板に刻むことを扱っています。

 

「写真」という言葉のはじまり

村上|次は、写真がいつから「写真」と呼ばれるようになったのだろう、ということを考えた作品です。

技術自体は海外から入ってきましたが、日本で「写真」という呼び名に落ち着くまでには、さまざまな言葉が試されていました。daguerreotypeが「ダゲウロテーピー」、photographyが「ポトガラヒー」と音写されたり、当て字が使われたりしましたが、いずれも定着しなかったようです。

村上華子《日本語における写真の命名》 2026

一方、日本には「写照」「写生」「真山水」など、もともと書画の文脈で、目の前のものを写し取ることに関わる言葉がありました。新しい技術を名づける際に、そうした既存の言葉や概念を引き継ぐかたちで、「写真」という呼び名が定着していったと考えられています。

いまAIなどの登場によって、「写真」という概念そのものが揺らいでいます。「真を写す」と書くけれど、本当に真を写しているのか。だからこそ、その言葉や概念がどこから来たのかを、あらためて振り返りたいと思っています。

 

《網膜》感光材料と眼のイメージ

村上|《網膜(銀貨)》では、写真がまだ存在しなかった時代に、その材料をどうやって手に入れていたのか、というところから考えています。光に反応する物質も、自分で作らなければなりませんでした。

村上華子《網膜(銀貨)》2022

ニエプスの初期実験では塩化銀が使われていて、銀を硝酸に溶かし、食塩を加えることで塩化銀を作り、それを紙に塗って感光させます。今回は、当時流通していたナポレオンの銀貨を実際に手に入れて溶かしました。今は銀が高いので、かなり貴重なんですけど(笑)。

銀貨に刻まれた肖像を溶かし、その銀から別のイメージを生み出す。その過程で変化した材料そのものも作品にしています。

《網膜(太陽の影)》は、指輪箱に顕微鏡レンズをつけたような小さな自家製の暗箱で撮影した作品です。ニエプスは、まだ「写真」という言葉が定着する以前、自らが生み出した像を「網膜」と呼んでいた時期がありました。その初期の「網膜」を想像しています。

二つの作品は目に見立てて並べています。私自身の両目の間隔も測って、「これくらいかな」と配置しました。

村上華子《網膜(太陽の影)》2022

 

《無題(嵐)》と写真発明の想像力

村上|《無題(嵐)》は、そもそも写真を発明したいという発想はどこから生まれたのか、ということを考えた作品です。

ニエプスは幼いころ、ティフェーニュ・ド・ラ・ロッシュの『ジファンティ』という18世紀のSF小説を読んでいたようです。そのなかには、つるつるした表面を嵐の前に置いておくと、そこに反射した像が定着し、イメージとして見られるようになる、という描写があります。ほかにも、テレビや瞬間移動を思わせるような、さまざまな空想上の発明が登場します。

村上華子《無題(嵐)》2022 Photo by Haruka Oka

そのなかの「嵐」の章を自分で翻訳し、クリシェ印刷で作品にしました。ある意味、こうした想像力のなかから写真の夢が始まったのではないか、と考えています。

 

感光、フィゾトティープ、失敗の像

村上華子《虹(銀、銅、ガラスの場合)》2026 Photo by Haruka Oka

村上|ギャラリー正面の映像《虹(銀、銅、ガラスの場合)》は、感光面ができるまでの過程を撮影したものです。銀板や銅板、ガラス板などに松脂の溶液を滴下すると、液体が広がるあいだに虹色の干渉が現れます。乾燥すると薄い膜となり、光に反応するフィゾトティープの感光面になります。その虹が下から立ち上がってくるような瞬間を映像にしています。

棚に並ぶ《無題(フィゾトティープ)》では、ガラスや銅板、銀メッキした銅板など、さまざまな支持体を使っています。松脂やラベンダーオイルから得た材料をアルコールとともに塗布し、露光したあと、ホワイトスピリットの蒸気で現像します。葉などを置いて、その像を写したものもあります。

Photo by Haruka Oka

もちろん、うまくいかなかった板もたくさんあります。何日も露光したのに、ほとんど何も見えない。きっとニエプスも大きなため息をついただろうと思って、《無題(ため息)》という作品にしました。見る角度によって像が現れたり消えたりするので、頭を動かしながら探してみてください。

奈良での滞在中にも、実際にカメラに板を入れて撮影しました。近づいて見ていただくと、ギャラリーから見える電柱が写っているものがあります。奈良に来て、大仏でも鹿でもなく、電柱が写ったことにこんなに感動するとは思いませんでした(笑)。空だけが写ったもの、電柱だけが出たもの、電線まで出たものと、一喜一憂しながら試しています。

 

写真になる前――光、熱、暗号

村上|この色がついた、ギラギラした板は《無題(サーモグラフィー)》です。これは光ではなく、銅板に熱を加えることで生じた酸化膜によって色彩が現れています。「-graphy」と呼んでいるけれど、もはや光を使っていない。これを写真と呼べるのか、ということも含めて考えた作品です。

Photo by Haruka Oka

《無題(手紙)》は、ダゲールとニエプスが暗号を使ってやり取りしていたことから制作しています。二人は実験の秘密を第三者に知られないよう、キーワードを数字に置き換えて手紙を書いていました。後ろにある対応表を参照しながら数字を読み解いていくと、実験の内容が見えてきます。

《無題(材料一覧)》も同じ文脈の作品です。写真が何によって生まれるのか、まだ手探りだった時代に、実験に使う材料が少しずつ書き加えられていく。発明の途中にあるリストそのものを作品にしています。

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《無題(環状の虹)》では、銀板の上にヨウ素を置くと、そこから同心円状に虹色が広がっていきます。ヨウ化銀へと変化することで感光性が生まれ、像を写すための準備が整っていく。その「写真になる直前」の状態を作品にしています。これも写真なのかどうか、と考えながら展示しています。

 

《無題(暗箱の石)》

村上|さっき、暗箱の中に石を入れて撮影したという話をしましたが、その続きが《無題(暗箱の石)》です。リトグラフに使う石版石に感光材を塗り、暗箱に入れて四日間露光しました。

石は何でもいいわけではなく、フランスから持ってきた石版石を同じ大きさに切り、奈良の石材屋さんで表面が鏡のようになるまで磨いてもらいました。エリオグラフィーではアスファルト系の感光材を塗るのですが、これがなかなか均一になりません。いろいろな塗り方を試して準備し、四日間露光して、現像して、がっかりする。その「がっかり」も含めて追体験しています。

Photo by Haruka Oka

来場者|四日間ずっと露光していると、朝と夜があり、雨や晴れ、湿度など環境的な要素もありますよね。それは影響しますか。

村上|もちろんです。大きいのは紫外線の量です。UVが多ければ短い時間で感光しますし、曇って量が少なければ、その分露光時間を延ばします。同じ四日間でも天候によって受けるUV量が違うので、状況を見て六日間に延ばすこともあります。

ニエプスの手紙を見ても、実験は夏に集中しています。秋になって日が短くなると冬のあいだは研究にあて、四月、五月になって「やっと実験を再開できる」と書いているんです。

来場者|現像はどうやってするんですか。

村上|フィゾトティープの場合は、ホワイトスピリットのような石油系溶剤の蒸気にさらします。光が当たらなかった部分の松脂などが溶けて、像が少しずつ現れてきます。

現像の様子

エリオグラフィーでは、アスファルトを使った感光面を、ラベンダーオイルとテレピン油を混ぜた液で現像します。これらは、当時の版画工房にあった材料から出発しているんですね。アクアチントなど、版画の技法との連続性があります。

今回は、その材料の匂いも含めてインスタレーションにしたいと思っていて、この部屋にはラベンダーオイルやテレピンの匂いが漂っています。

来場者|定着はどうするんですか。

村上|定着はしません。現像したら、そのままです。科学的な分析をしたわけではないので正確なことは言えませんが、基本的には像をつくる物質が表面に乗っているだけなので、とても不安定です。触ると消えてしまうこともあります。

 

《無題(透かし)》

村上|《無題(透かし)》は、ニエプスが使っていた手紙の紙から始まっています。書簡を透かして見ると、郵便ラッパやユリの紋章、製紙所を示すイニシャルなど、さまざまな透かしが入っています。それを手がかりに、同じような透かしをもつ1820年代の紙を探しました。

Photo by Haruka Oka

そのほかにも、版画を透明化して複製する実験や、ニエプスが発明について記した覚書の表紙と裏表紙を一枚の紙に印刷した作品などがあります。こうした資料を手がかりに、当時の実験や制作の過程をたどるように作品をつくっています。

 

AIが読み上げる架空の手紙《1816年4月12日》

村上|今、奥の方でぼそぼそと聞こえている声も作品です。ニエプスが残した膨大な書簡のなかには、「この日にこういう内容の手紙を送ったらしい」と推測できるものの、現物が失われているものがあります。

《1816年4月12日》では、その現存しない手紙を、前後の書簡を手がかりにAIとの対話を通して類推し、生成した声に読み上げさせています。

Photo by Haruka Oka

ニエプスの手紙は、写真の発明についての具体的な記述だけでなく、家族やお金の話がたびたび出てくるのが面白いんです。誰かの借金を返すために別の誰かから借りる、といった生々しいやりくりも書かれています。AIにもそうした生活の部分まで読み込ませているので、生成された手紙にも家族やお金の話が含まれています。よかったら後で聞いてみてください。

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